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2019/09/07 SAT - 2019/09/08 SUN

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TOKYO Terrada

1982 LANCIA 037 Rally Stradale

1982 LANCIA 037 Rally Stradale

  • 217台生産されたランチア・ラリーの第1号車
  • 車台番号は“ZLA151AR000000001”
  • 日本のスペシャリストが18年の歳月を費やしてレストア
  • オリジナルパーツを極力残したレストアを実施

 1982年より施行されたFISA(国際自動車スポーツ連盟)の“グループB”カテゴリーのホモロゲーション取得(市販用と競技用合わせて200台の生産台数)に合わせて開発され、伝説的な名車“ストラトス”が打ち立てた「ラリーのランチア」のイメージを復活させたモデルとしても、未だ高い人気を誇る037ラリー。

 しかし、この有名な“037ラリー”の名は正式名称ではなく、アバルトとの共同で行われたプロジェクトの開発コードだった“SE037”が広く認知されたことで、そう呼ばれることになった。正式名称は“ランチア・ラリー”で、そのベースはランチア・ベータ・モンテカルロである。
 
 ちなみに“ランチア・アバルト・ラリー”というモデル名が当初予定されていたが、「ラリーのランチア」復権を強くアピールしたいという意図から、“アバルト”の名前は最終的にモデル名から外されることになった。

 ベータ・モンテカルロのモノコックをベースにトラス構造のチューブラー製サブフレームを前後に配し、そこにエンジンとサスペンションを取り付けるシンプルな構造を採用。シャシーのデザインはジャンパオロ・ダラーラが担当している。

 エンジンはフェラーリのF1エンジンの設計主任も務めたアウレリオ・ランプレディが設計。縦置きでミッドに搭載される排気量1995ccの直列4気筒DOHCエンジンは、スーパーチャージャーの過給によって205psの最高出力を発生。1170kgという軽量なボディには十分以上に刺激的なスペックを誇った。

 生産台数は市販用のストラダーレと競技用のコンペティツィオーネを合わせて217台。とても希少性の高いモデルとして今日もコレクターの間では高値で取引をされている。

 当個体はそんな“037ラリー”の中でもさらに特別な価値を秘めた1台。その車体番号は“ZLA151AR000000001”、すなわち生産第1号車なのである。なお“00000002”と“00000003”はクラッシュテストに供されたという記録が残されており、そうした意味でも生産第1号車としての価値はさらに高まるといえるだろう。

 1999年、現オーナーがイタリア・ピエモンテ州南部の都市アレッサンドリアにあったランチア・ディラー「AUTOPOOL PRETE」にて購入。購入時は少なくとも10年以上動かされていない状態で、エンジンをはじめとした機関系にはフルオーバーホールを施す必要があり、またロッソコルサのエクステリアカラーを纏ったピニンファリーナの手によるボディにも埃がうず高く積もるという状態だった。

 非常に残念なコンディションだった“00000001”の“037ラリー”はそのまま日本へと渡り、そこから実に18年もの歳月を掛けて日本のスペシャリストの元で丁寧なレストアが施されている。これだけの歳月をレストア作業に費やした理由は、可能な限りオリジナルのパーツを生かし、エンジン内部などのムービングパーツに関してもすべてフィアット製の純正パーツを取り寄せるなどしたことで、パーツ探しやそれらが届くまでの時間も含め、気づけばこれだけの歳月が流れていったのだという。

 今年の6月にレストアが完了したばかりという“ZLA151AR000000001”は、いうまでもなく非常に素晴らしいコンディションであり、特にインテリアなどは新車といっても過言ではないほどの美しさを保っている。

 オドメーターが示す走行距離は僅かに450km。現オーナーが手に入れる以前のレコードは残念ながら残されていないため実走行を保証することはできないが、丁寧に仕上げられた実車の佇まいを見れば、それも気にならないだろう。

 イタリアで10年以上の眠りにつき、そして日本で18年の歳月を費やして密かに再生された“ランチア・ラリー”の生産第1号車。これはまさに、「奇跡の1台」と呼ぶべき存在である。

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Chassis No. ZLA151AR000000001