1964 Lotus Type 31 Formula 3
- 鋼管スペースフレームシャシー
- Ford Cosworth製 997ccエンジン
- 最高出力 97hp/8000rpm
- 10,000rpmまで回る高回転型ユニットを搭載
- トランスミッションオーバーホール済み
- ロータスデイなどで走行
「軽さはあらゆる状況において正義である」。創業者コーリン・チャップマンが遺したこの思想を、当時のF3レギュレーションの枠内で具現化した初の本格的マシンが、この「Lotus Type 31」である。
大排気量によるパワーゲームから、軽量化・空力・シャシーバランスのトータルパッケージへとフォーミュラの世界が舵を切り始めた1964年。ロータスは、それまでフォーミュラ・ジュニアで一世を風靡した名作「Lotus 22」のシャシーをベースに、この超軽量なレーシングカーを作り上げた。
当時のF3は若手の登竜門であり、参戦コストを抑えるために大衆車用のエンジンを使用することが義務付けられていた。そこで選ばれたのが、フォードのファミリーカー用エンジン「105E」である。
これを名門コスワースが極限までモディファイ。クランク軸の耐久性が高いという素養を活かし、ハイカム化、高圧縮比化、ビッグバルブ化、そして緻密なポート研磨を施すことで、ベースエンジンの倍に相当する10,000rpmまで一気に吹け上がる本格的なレーシングエンジンへと豹変させた。最高出力97hp/8,000rpmというスペックは、わずか420kgの超軽量ボディと組み合わされることで、鮮烈な運動性能を発揮。1960年代前半において、ここまでの超高回転を実現したパワーユニットは世界中で高く評価され、Type 31の名を広く轟かせることとなる。
時代はブラバムなどのライバル勢がモノコック構造へと進化を遂げる過渡期にあり、伝統的な鋼管スペースフレームを採用したType 31は、レースリザルトにおいて圧倒的な覇者となることはなかった。しかし、その素直な操縦性とメンテナンス性、そして何よりロータスならではの絶妙なハンドリングバランスからレーシングスクール等でも重宝され、世界中の若きドライバーを育成した。それゆえに酷使された個体が多く、オリジナルを留めて現存する台数は世界的に見ても極めて少ない。
本個体は、モータースポーツ文化が色濃く根付くニュージーランドから日本へと輸入された歴史を持つ。特筆すべきは、歴代オーナーたちがこのマシンを単なる「床の間の鑑賞物」にすることを拒み、走る美術品として本然の姿で扱ってきた点だ。
国内に上陸してからも、富士スピードウェイで開催される「ロータス・デイ」をはじめとするクローズドコースでの走行を重ね、その圧倒的なパフォーマンスを誇示。
過去の整備書類こそ現存しないものの、トランスミッションのオーバーホールをはじめ、定期的なクランキングや適切なメンテナンスが施されており、60年以上もの歳月が経過した現在も良好なコンディションを維持している。
幾多の熱狂的なオーナーたちの手によって大切に守り継がれてきたこのType 31。ロータスとコスワースという、英国モータースポーツの二大巨頭が最も純粋に情熱をぶつけ合っていた時代の空気をそのままに伝える、極めて資料的価値の高いタイムカプセルである。







































































































































