株式会社BINGO

2025/05/09 FRI - 2025/05/10 SAT

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COLLECTIBLE AUCTION

1966 Prince Skyline 2000GT [S54B-III]

  • 初代スカイライン GT[S54B]
  • ウェーバー製3連キャブレター搭載
  • 1型初期、11本グリルに変更
  • ワタナベ製ホイール装着

プリンス スカイラインは2代目になって全く新しいクルマに生まれ変わった。
高級車路線ではなく、ファミリーカーとして大きく舵を切ったのだ。時を同じくして、1963年第一回日本グランプリが鈴鹿サーキットで開催されるが、惨敗。翌年第二回大会へ参戦での勝利を誓い、スカイラインは大幅な仕様変更を迫られる。
それが、スカイライン GTの始まりになった。

1,500ccクラスの量販車市場の拡大を狙い、“メンテナンスフリーのファミリーカー”として、モノコック構造を採用したボディーに、G1型直列4気筒 OHVエンジンを搭載した2代目スカイラインが1963年に登場する。

先代のスカイラインスポーツは、イタリアでデザインされた日本初のクルマとして生産され、1963年の第一回日本グランプリにも参戦した。
しかし、結果は惨敗。理由は明確だった。重い車に非力なエンジン。勝てるわけがなかった。しかし、無策だったわけではなく。6気筒エンジンを搭載し、戦闘力をあげる。そんな議論が行われてはいたのだった。

1964年第二回日本グランプリのGT-Ⅱクラス参戦に向け、急務で勝てる車両の開発をする必要に迫られた。
そこで目をつけたのが、2代目スカイライン。
スカイラインの鼻先を200mm延長し、グロリアスーパー6の6気筒エンジンを搭載するという解決策を、スカイラインの父としても知られる櫻井眞一郎が閃く。

言うは易し。元々の設計とは大きくことなるレイアウトに四苦八苦するも、パワフルな6気筒エンジンを搭載したスカイラインが誕生する。
ホモロゲーション取得の為、100台を手作りで鼻先を延長し『スカイライン GT』が誕生する。
結果は、ポルシェに勝ち星を譲ることになるが、“国産車がポルシェのレーシングカーを抜いた”という伝説を残すことになる。
そんなスカイライン GTが人気にならないはずもなく、その後のハコスカ、ケンメリ…現在の日産 GT-Rまで脈々とその系譜は引き継がれている。

この個体のオーナーもスカイライン GTの元祖であるS54に憧れを抱いた中の1人だ。
ハコスカ、ケンメリももちろん所有したが、兄貴分でもある元祖スカイライン GTに憧れ、日本全国津々浦々探していたそうだ。
しかし、50年以上前のクルマ。レストアを念頭に置いても、これだと思えるコンディションの車両とはなかなか巡り合うことができず、半ば諦めかけていた時に出会ったのがこの個体。

ホモロゲーションモデルとして誕生した『スカイライン GT』と同じく、ウェーバーの3連キャブが搭載されたS54B。
S54Bには1型から3型まであるが、この個体はプリンスから日産自動車株式会社へと統合された後のプレートが着き、リアピラーにエアアウトレットが装着される3型となる。

3型になると、横グリルが装着されているのがオリジナルの姿となるが、そこはグランプリ仕様ということで、1型初期の11本縦グリルが装着されている。

また、定番のワタナベ製のホイールの装着など、ツボを押さえたモディファイが行われていることも特徴だ。
現オーナーになってからは室内保管で空調も完備されていたため、塗装や、メッキパーツ、ダッシュボードなどに経年劣化の跡は見当たらない。

エンジンは、前オーナーが2014年にプリンスクラフトでオーバーホールを行った明細が残る。
現オーナーはプリンスオーナーズクラブの会長の紹介で、クラシックカーに強い専門店での整備を続け、還暦間近とは思えないコンディションをキープする。
初代のスカイラインGTという存在感と、走ることが楽しいと思わせてくれるスペックと、コンディションを維持する1台だ。

LOT NUMBER11

SOLD
AFTER AUCTION

VIN S54BS-2163
Engine No. G7-149860
ODO 102,607 km